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愛宕参り

昨日のニュースで、東京・愛宕神社千日詣のことをやっていたので、さっそく本日、行ってみることにしました。

午前中は雷を伴って雨が強く降るでしょうという予報を聞いていたので、午前中はルーティーンの作業を処理。

11時半になって空を仰いで見るとだいぶ明るくなってきたので、小雨の中、出発することにしました。

四ツ谷から丸の内線、銀座線を乗り継いで虎ノ門で下車。

駅から15分ほどあるくと、高層ビルのすきまにこんもりとした森が見えてきます。

オフィス街の真ん中に、どどんと現れるのが、徳川家康創建と言われる愛宕神社。

愛宕神社1

今では浅草寺のほおずき市が有名になってしまいましたけれど、なんでもこちらが先だったとか。

標高26メートル、23区でいちばん高い山なんだそうです。

ほら。

愛宕山2

この恐ろしく急な階段を上ると、ようやく社殿が見えます。

愛宕山3

ちょうどお昼休みの時間帯だったので、近くのお勤めの方々がお参りに来てました。

なんでも、1回で千日お参りをしたことになるんだとか。

浅草寺は4万6千日ですけど、なんだかやっぱり千日くらいに抑えてくれたほうが、御利益もありそうな(笑)。

下りは脇の坂道をとろとろと降りて、再び虎ノ門駅方面へ。

ちょうど腹具合もころあいということで、虎ノ門の交差点のところにあるTOTOビルの地下、ケルンという老舗洋食店へ入ることに。

ケルン1

いろいろと名物メニューがあるのですが、私はもっともオーソドックスなハンバーグを注文。

ケルン2

最近主流となっている、いわゆるニクニクしいハンバーグとは違って、練って仕事をしてあるという体ですが、非常に美味しくいただきました。

840円でスープとライス付き。

帰りがけに、甘いものでも買ってと思い、銀座線で表参道に出て、青山の「まめ」に立ち寄りました。

和菓子はここが最近のお気に入り。

大福を買って、迎賓館を半周、散歩代わりに歩きながら、四谷に戻ってきました。すっかり雨も上がり、陽射しが痛いほどです。

青山・まめ
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テーマ: 関東地域情報(東京 神奈川 埼玉 千葉 茨城 栃木 群馬 山梨) - ジャンル: 地域情報

きょうはJeeptaの話でもしませうか

楽は予告なく耳から入り込み、脳を通り抜けて、一瞬のうちに心をわしづかみしてしまう。

ときどき、そんな出会いがあるから、音楽から離れられなくなってしまうんですね。

つい最近、そんな出会い方をしたのが、Jeeptaという日本のインディーズのバンド。

おそらくジャズ側の人からでは出会うことがないだろうタイプのバンドなのですが(笑)。

接点を無理やり探すとすれば、ジョン・ゾーンが一時期執心していたウエストコーストのファスト・パンク系とか、カンタベリーっぽさも感じたりするんだけど、残念ながらロックに不勉強な時期が長くなってしまったので、的確に位置づけられないかも。

ヴォーカルの声がいいですね。ベースのうねり方も好き。ドラムがまたいいときてる。

なによりも、ギターのヘンタイさがたまりません(笑)。まあ、PVを見ていて、これにやられてしまったのだけれど。。。

⇒Jeeptaの楽曲を聴くことのできるサイト

↓これを聴いてみてほしい!



ソフィー・ミルマン@カナダ大使館

ソフィー・ミルマンのお披露目ライヴを見てきました。

彼女はロシアのウラル山脈を見て育ち、イスラエルに移住してミュージカルのオーディションに受かって、子役ながらイスラエル中を巡業していたというキャリアの持ち主なんだそうです。

その後、カナダへ移住して、いわゆる黒人系の音楽の洗礼を受けてしまったらしいんですね。

7.22にリリースされるサード・アルバム『テイク・ラヴ・イージー』も、デビューから一貫して実力派女性ジャズ・ヴォーカリストの王道を行く彼女の魅力と本領を発揮した、心地よい仕上がり。

気になる人はこちらをチェック!
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テイク・ラヴ・イージー
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カナダではかなり評判となっているようで、それで大使館も応援しているのでしょうか。

↓彼女の姿はこちら。



MCなどでの話し方からでは、とてもおきゃんな感じで好感が持てたのですが、「甘い歌声」というキャッチから連想されるお色気ヴォーカルとはちょっと路線が違うような気がしましたね。

それにしても、表現力と歌唱力は文句なし。ミュージカルというバックボーンがあるせいか、その場で物語を作り出せる才能を持っているように感じました。

カナダ大使館の地下にあるオスカー・ピーターソン・ホールは、小ぢんまりとしてライヴを楽しむのにはちょうどイイカンジ。しかし、数えてみると席数は250ほどあり、当夜は立ち見も出る盛況ぶり。

ご招待のお客様ばかりとはいうものの、時間を割いて美人ヴォーカリストの生声を聴いてみようと思う人がこれだけいるということは事実なわけです。

ジャズの特権でもある「上質感」の表現は、言うほど易しくないのが現実だったりするのですが、彼女のような実力派が積極的に活動をしてくれると、その期待に応えることになるのだなぁと、優雅な気分で帰途につくことのできた夜でした。

アコースティック・アストゥーリアス@江古田BUDDY

日本のプログレッシヴ・ロック・ユニット“アストゥーリアス”のアコースティック・ヴァージョンである“アコースティック・アストゥーリアス”のライヴを観てしまった。

まず、“アストゥーリアス”との出会いから語ろう。

といっても、別に感動的な話ではない。。。

ポセイドン・レコーズという、プログレをコツコツとリリースしている奇特なところがあって、どこでボクがプログレ好きだと知ったのか、サンプルを送ってくれたりするのだが、なかなかジャズのブログとして紹介したいと思えるような音源も、正直いって少なかったのだけれど、たまにズバリど真ん中というものがあったりして、そんな1枚が2008年11月にリリースされたアストゥーリアス『In Seach of the Soul Trees(樹霊)』というアルバムだった。

アストゥーリアスは、1987年にデモ・テープから始まった“音楽体”らしい。

大山曜
という、作・編曲家にしてマニピュレーターがメンバーを集めて、1988年11月に1stアルバム『Circle in the Forest』をリリース。1990年には2ndアルバム『Cyptogam Illusion』を発表、海外でも話題になった。

しかし、その後は活動を停止し、伝説のバンドになってしまう。

この仕掛け人である大山曜は、1962年生まれで、スタジオ・ミュージシャンとしてこの業界に入り、アストゥーリアスを経て、90年代はゲーム音楽、そしてBGMなど職業音楽人としての筋金に磨きをかける日々を送っていたようである。

ちなみに、彼を評して“日本のマイク・オールドフィールド”(引用はアストゥーリアスの公式ホームページから)とは、まったく言いえて妙だと思う。

さて、ボクがアストゥーリアスに興味をもったのは、音楽的志向性ももちろんだったのだけれど、メンバーに津田治彦(g)と花本彰(kb)という名前があったからだ。この両名は、日本のプログレ界の草分け的存在として知る人ぞ知る“新月”の元メンバーである。

ボクは、新月の1stアルバム『新月』をたまたま入手して、高校時代に擦り切れるほど聴いていた。だから、この名前を見たときには、胸踊るものがあったのだ。

大山曜がスタジオ・ミュージシャンとして参加していたのが津田治彦運営のスタジオだったというから、アストゥーリアスのボクが惹かれるのは、やはり運命だったのかもしれない。

活動を停止していたアストゥーリアスは、2003年になるとクラシック畑のメンバーを集めたアコースティック・アストゥーリアスとして活動を再開する。

編成は、ギター、ピアノ、ヴァイオリン、クラリネット。今回のライヴは、この編成によるものだ。

新型インフルエンザの広まりが懸念されていた5月23日の夕刻、ライヴが行なわれる江古田に向かう電車内は、明らかに空いていた。やはりみんな、外出を控えようという心持になるのだろう。プログレのライヴなんか、スカスカの客席で、居心地の悪いことにならなければいいが……。

そんな心配は杞憂にすぎなかった。

西武池袋線江古田駅の改札を出てすぐのところにあるライヴハウス“バディ”の、地下へ続く階段には、すでに会場時間を待つ人たちが列をなしていた。

ボクは、少し入場の混雑が収まるのを待って、バディの中へ入っていった。すると、場内はほぼ席が埋まった状態だった。

ようやくなんとか空いている席を探して座ったのだけれど、プログレの人気(あるいは大山曜の人気)を演奏前から肌で感じさせられてしまったというわけだ。

年齢層は幅広く、おそらくボクと同じ40歳台後半あたりが目立つのだけれど、20代後半といった若い人も多い。ゲーム、アニメ世代なのだろうか。

さて、アコースティックなアストゥーリアスが登場すると、場内が一気に“聴き”の体制をとるのも、プログレらしさを感じて、なんだか嬉しくなってしまった。

大山曜の音楽は、変拍子などテクニックに凝りすぎず、メロディーを効果的に配置して、練り上げられた構成の中で映像的な音楽観を展開していくという印象をボクはもっている。

仕掛けられたコード・チェンジの“罠”の中で、徴収は脳内の困惑と戦いながら、現れては消えるはかなくも美しいメロディーの断片をエンドレスに求め続けさせられることになる。

そう、それはまさに“大山曜中毒”と呼ぶにふさわしい状態なのだ。

こうした“罠”に、電子楽器を排した編成がさらなる効能を与えている。

ゲストとしてチェロを加えた当夜の演奏では、この効能の新たな展開も垣間見えた。ダブル・クァルテットくらいの規模で、弦を配した再現性の高い世界を聴いてみたくなる“欲求”が湧いてくる。

ほら、これがもう、“中毒”の症状なのだ(笑)。

終演後、大山曜に挨拶すると、プログレとジャズのアドリブについての話題になったりしたのだけれど、ボクはアドリブもまた音楽性の表出における手段のひとつに過ぎないと思うし、彼のアコースティック・アストゥーリアスで行なわれている表出手段にその要素が少ないからといって、評価が下がるものではないと思っていた。

むしろ、演奏者個人のひとりよがりなパーマンスは、“一発ギャグ”として場を沸かせうるかもしれないけれど、作曲・構成者の世界観を向上させるものにはなりえないのではないかと考えている。

実際に多くのジャズのライヴでそう感じることが多いし、優れた個人の“ひとりよがらない”パフォーマンスは、曲の構成とは離れたところで表現される。優れた人はまた、切り離して表現できるように曲の構成や進行を考えたりもしている。

とまあ、こんな小難しいことを考えさせてくれた、刺激の多いライヴに感謝しながら、江古田のホームで池袋行きの西武池袋線各駅停車の到着を待っていた午後10時だった。
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